2017年8月27日日曜日

ラーフ期の活かし方

過去に体験したラーフ期(アンタルダシャーや、プラティアンタルダシャー)を通じて、1つ、これは必ず心がけるべきだと思った事がある。
ラーフ期間に思わぬ形で(思わぬ幸運により)得た物事は、ラーフ期が過ぎると見事に消えてなくなる、特に金銭面でその傾向が強かった。
ところが同じ金銭でも、全く無傷だったものもある。
それは、同じラーフ期の間に、自分の努力を通じて得た分のお金である。
そちらの方が不思議なほど無傷だったので、思わぬ収入の方が消滅したところで、窮地とは程遠い。
そこで、ラーフ期には、ラーフのパワーを活かして普段なら難しいような努力をやるべきだと考えるようになった。
私のようにラーフが吉星化しているなら、ラーフ期に費やした努力は必ず金銭になって跳ね返ってくるはずである。それも、きちんと残ってゆく財産だ。
もっとも、その財産を元手にして博打などに手を出すと、これはいけない。
恐らく最初の頃は博打も大当たりし、大金に化けるだろうが、それではせっかく努力で得た金銭の本質が、悪いほうへ変わってしまいかねない。そうなれば、恐らくラーフ期の終わり頃には根こそぎ消えてしまうだろう。
なんだか、日本の1980年代のバブルの話をしているようだ。
もともと地道で無欲な人にとっては、まったく無用の心配である。

2017年8月10日木曜日

ブログ小休止

プラティアンタルダシャーが、
Ra(ラーフ)になった影響だろう、
仕事の流れが止まらなくなり、
占いに関する思考の方は休止している。

私のラーフ期は、とにかく仕事が忙しい。
また、体調も劇的によくなる。
プラティアンタル程度では、さほど影響は出ないと予測していたが、
その予測に反して、明らかな体力の向上と仕事の増加(もっと言えば、頭の回転力の向上)が見られた。

初めて読む人のために説明すると、
私のラーフは、かなり吉星化している。

また、
私のプラティアンタルダシャーが次に切り替わる際、
アンタルダシャーも土星へ切り替わるが、

これも、ちょっと違うタイプの忙しさが出てくる時期になる。
こまごました仕事よりも、
どちらかと言うと大きな案件を、手分けしてこなすような時期だ。

しばらく、ブログはお休みするかも知れない。

2017年7月15日土曜日

火星6室

いろいろ書く課題はたまっていますが、
仕事の方が優先なので、停滞させてます。

ところで、マハーダシャーが火星期に入って、
体力的にも金銭的にも余裕が出てきたのを機に、
いろいろと習い事に興味を持つようになり、
今では体育会系と文化系、それぞれ1種類を習っています。

そこで分かったのですが、
生徒さん達は、1年も続けずに辞めていく人が大半ですね。
どちらの教室でも、私のように根気よく続ける人は珍しいそうで、
だんだん、特別待遇のような扱いになってきました。

私は普通に続けているだけのつもりなので、
どうしてそんなに生徒が入れ替わるのかと、
不思議な気持ちで眺めています。

マハーダシャー火星期なので、
達成欲求が強まっている(火星的)、というのもあるんでしょうが、
6室火星(ナバムシャ)というのも、やはりポイントだという気がします。

火星様様。

2017年6月23日金曜日

古い記録の歪曲

古い記録は、歴史も含め、年月とともに歪曲される宿命にある。
悪意ある1パーセントの人間と、
善意の99パーセントの人間の手によるもので、
善人の方が圧倒的に多いため、歪曲情報は信憑性を疑われることなく、
むしろ年月を経るほどに信憑性を高めながら、広く公知されるようになる。

1人の人間が、年月とともに神格化されてしまうのは最も分かりやすい事例だが、
しかし決して、
熱心なキリスト教徒に「キリストはただの人間だった」と言ってはならない。
それは無礼きわまりなく、信仰者の尊厳を一方的に傷つける発言である。
これと全く同様に、
仏教家に「釈迦はただのお金持ちの息子じゃないか」と言うのも攻撃的過ぎるし、
神道家に「天照大神はただの巫女じゃないか」と言うのももちろん御法度である。
エリートの政治家だろうと、教師だろうと、法律家だろうと、医師だろうと、
人類はアダムとイブから始まったと公言する現代人は別に珍しくない、ただし日本ではあまり見かけない。
古い記録や伝統は、大なり小なり必ず歪曲される。
古き良き美しい文化だと思われている「正座」も、
もともとは奴隷がやらされていた、服従者の坐り方である。
それ以前は男性はもちろんの事、女性でも「胡坐(あぐら)」が通例だった。
しかし信仰する者にとっては、真実の情報よりも、歪曲されて伝承されている情報の方が100万倍 重要であり、それを万能の法則だと思い込む、それが人である。

しかしこう言うと、
「やはり物事は何でも原典が重要なのだ」と、
これまた極端に考える人達が出てくる。

歪曲された情報の上に、新たな文化が形成されてゆき、
その新たな文化の上に、新しい発想や知恵が生まれてゆく。
「原典こそ神」という極端な考え方は、そうした文化の発展の全てを、否定してしまうため、
どうにも退廃的である。

最も合理的な道は、
原典をふまえた上で、歪曲された現代の情報(および文化)を最大限に活かす事だと、私は思う。

さてここから本題・・・と言いたかった所だが、
色々考えている内に、ちょっと問題発言になりそうな気がしてきたので、
ここまでで止めておこう・・・。

2017年6月22日木曜日

50年後、占星術は活かせるか?

誕生日の定義に関する投稿をしてから後、
人工子宮の研究が現在どこまで進んでいるのか、
 少しだけ調べてみた。

早くて20年後に実用化される、
とする極端な意見もあるが、
それはあくまでも 受精卵の着床から胎芽にいたるまで
(胎芽=二ヶ月未満の、胎児以前の状態) の期間は最初から除外している、
例えば安定期に入るまでは、あくまでも母親の本当の子宮を使うことが前提になっているだろう。 

実用化まではあやしいが、
技術自体は、あと20年ほどで完成しても全くおかしくない。 

研究上のネックは、 倫理的な問題などから研究を妨げるような法律が存在したり、
たとえ技術が完成したとしても、
それを実用化するまでに 何年~何十年も議論を積み重ねなければならない点である。

それらを考慮して、
50年後くらいに本当の意味での実用化がなる、と仮定してみる。

占星術的な意味での誕生日とは、一体何なのか?
その定義について議論を始めるとともに、
胎児に関するデータを集積し始めなければ、
おそらくこの50年後に間に合わない。

旧来通りに、 母体から出てきた瞬間=誕生日 という考え方では、
占星術全体が行き詰まってくる。

もう一つ気になるのは、
もともとインド占星術自体に、
思春期になるまでは本人のチャートではなく親のチャートで運勢を見るべき、
といった考え方がある事。
これにより、 幼児以下のチャートについては、
データのリアルな検証が、行われてこなかった部分が あるかも知れない。

【過去の関連投稿】-------
未熟児の誕生日問題


2017年6月19日月曜日

占星術師の適性って?

占星術師の適性について書かれているのを、時々みかける。
良く書かれているのは、
道徳心の強さや、計算力、判断力が重要、との事。
ここまでは納得できる、ただ、一つだけ、非常に気になっている事がある。
良い占星術師の条件に、「世俗を良く体験している事」という意見が、なかなか見当たらない事だ。

何が言いたいかというと、
恋で失敗をした事のない者が、恋の相談に乗ることは無理なんじゃないか?
世間のトレンドを知らない者が、若者の進路相談に乗ることは難しいんじゃないか?
ごく普通の人は、
時々コンサートやカラオケで音楽を楽しんだり、
パチンコでギャンブルをしてみたり、
歓楽街で飲み歩き、そこに集まっている人達を交流をする。
そうした、いわば清貧とは言い難い経験を踏まずして、
他人が抱える俗な悩みを解決する事は、無理じゃないかと思うのだ。
良く遊び、非合理的な事もやってみて、時には羽目をはずす、そうしなければ見えてこない物事が多いように思う。

清貧でなければならない、しかし俗物的でなければ成立しがたい、
という厄介なパラドックス。

続きはまた。

【関連する過去の投稿】----
占い師の報酬


2017年6月17日土曜日

土星期

ソフトの自動計算で出てくる間違いに、挫折感を覚えてからというもの、
自分のチャートの分析しかしていないが、
そのうちまた、気分も変わってくるだろう。

土星期の話。
私の土星は分かりやすい状態(シンプルに吉星化している)ので、
数年前から特にイメージは変わっていないが、

最近あらためて、
過去に経験した物事とダシャーを細かく見比べたところ、
土星期にはやはり土星期らしい現象が色々起きていた事に気がついた。
具体的には、単独で活動する事が減り、誰かと協力しあったり、組織に所属する傾向がある。

例えば分かりやすい例は、就職の時。
自分は、就職氷河期の一番底の時期に活動をしなければならなかったため、
他の人達と同様、行き先が決まらなかった。
ところが、アンタルダシャーが土星期へ切りかわった途端、
アルバイト先を紹介してくれる人物が現れる。
その人の計らいにより、私はほぼ卒業と同時に、見習いアルバイターとして入社する事になった。
大のコネ嫌いの私が、他の時期には教師からのコネ就職すらことわっていたのに、
土星期に入ったとたんに、その変貌ぶりである。
また、その土星期のうちに、今度は会社側から声がかかり、アルバイトから正社員へ登用される事にもなった。
マイペースな私が組織らしい組織にきちんと所属していたのは、その会社で働いていた時期だけである。
その後、独立し、ずいぶん気ままに1人で仕事をしていたが、
しばらくすると会社を立て、アンタルダシャーの土星期がめぐってきた。
その時期に現れてきた一番の特徴はと言えば、
積極的にスタッフを雇い入れ始めた事である。
人から頼まれて雇用したケースもあったが、基本的には自分自身が積極的だった。
メンツの入れ替わりこそあったものの、その頃の私は、分担する必要のない仕事でも積極的に分担して行っていた。今思えば自分らしくなく、また合理的とも思えず、不思議な傾向である。

〔人のコネ、従属すること、集団(組織)〕
それらは全て土星が持つ象意なので、
土星期に起きる現象としては何の不思議もない。
ただ私自身が、コネも組織も好まない人間であるにも関わらず、やはりそのように動いていた事は、なんとも不思議である。

それにしても、極端なコネ嫌いは、やはり9室の仕業だろうか。
コネ=“実力のない人間が不相応な立場を得る”というイメージが強く、
どうも好きになれない。